ざれごと

今日のざれごと #62夜目:佐々木と「チキンライス」(後編)

記事内に商品プロモーションを含む場合があります

こんばんは、いとまさです。

「佐々木みたいなやつが親友でよかった」と、つくづく思う今日この頃。


今までの「ざれごと」は、コチラ>>


前回のあらすじ

ダウンタウンの松ちゃんが、貧乏だった過去を歌詞にした「チキンライス」。

その歌に感度した伊藤は、同じ様に貧乏だった過去を持つ親友に佐々木に「チキンライス」を紹介したが、佐々木から返ってきたのは、

「全く感動しない」

という言葉であった。

なぜ、佐々木は感動しなかったのか。

佐々木の貧乏はレベチだった・・。

「俺も佐々木も子供の頃貧乏だったから、この気持ちが分からないはずがない!」

って、思ってたから、佐々木にそう伝えたんだよね。

俺「え、感動しない?お前も俺と貧乏だったし、まっちゃんの書いたこの歌詞に共感するやろ?」

でも、佐々木からは、こう返ってきた。

佐「え、だって、チキンライス食えてるじゃん。」

どういうことかって言うと、佐々木の基準では、

「家族で外食に行ってチキンライスを食えてる時点で十分裕福じゃん」

ってこと。

俺でも1,2ヶ月に1回は家族で外食しに行くことはあったけど、

佐々木は本当に1年に1回あるかないかの生活だったらしい。

さらに言うと、佐々木のお父さんは友人に騙されて多額の借金を背負っていて、

朝は佐々木が起きる前に仕事に行って、夜は佐々木が寝てから家に帰ってきてた。

貧乏に加え、そんなお父さんの生活スタイルもあって、冷蔵庫の中はいつもほぼ空だったから、

佐々木は、学校の給食を晩飯にするために残して持ち帰ったり、

落ちてるお菓子を食ったり、

給食で出たドレッシングをかけて雑草を食べてたりしてた。

・・・そう、佐々木の貧乏は、俺とかまっちゃんの貧乏を遥かに上回る、レベチの貧乏だった。

その佐々木からすると、たまにでも外食してチキンライス食えてる時点で(かなり)裕福ってわけ。

確かに、ここまで貧乏な生活を送ってた佐々木からしたら、俺もまっちゃんも全然貧乏でもない何でもない。

俺は(多分まっちゃんも)毎日3食の飯は食べれてたし、たまに外食も行ってた。

正直、佐々木みたいな生活は想像もつかなかった。

そりゃ、まっちゃんの歌詞にも共感しない、てか、できないよね。

感動しないのも納得です。

誰と比べて幸せ?

この佐々木のチキンライスのエピソードから学んだのは、

同じ物でも(この場合「チキンライス」という歌)その人の生きてた人生よって捉え方は変わる

っていうことと、

幸せか不幸せかは、誰と比べるかによって変わる

っていう2つのこと。

個人的には、後者がすごく大切だと思う。

子供の頃を振り返ると、よく家族で出かけたり、外食してる家族と比べて、自分達は貧乏=不幸せだと思ってた。

だけど、佐々木のようなやつと比べたら、不幸せでもなんでもない。

むしろ、幸せだった。

こんなふうに気付かされた。というか、認識が変わった。

こうやって、幸せか不幸せかは誰と比べるかによって変わる。

今はインスタとかSNSで、キラキラしたもんばっか目に入るけど、そんな人達とばっかり比べないで。

そんな人達とばっかり比べてたら、自分が不幸せで惨めに思えてきちゃうよ。

世界には、ネットに目にするキラキラの何百倍、何千倍、何万倍もの恵まれない人達がいる。

そういう人たちのことを考えて、自分が今持ってる、超絶恵まれた幸せな生活に感謝しよ。

3食の飯、健康な体、家族、友人。

十分幸せやん。

幸せの基準低くして、幸せに生きてこ。

以上おわり!おやすみ〜

P.S. 佐々木と話すことで人生に感謝が溢れる。佐々木みたいなやつが親友にいて、本当によかったよ。



COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です